ウルトラトレイル マウントフジ。略してUTMF。
河口湖を基点に富士山の周りをグルッと一周156kmのトレイルランニングのレースです。
そして、UTMFよりはだいぶ短い82kmのレースも一緒に開催されます。
こちらはSTY(Shizuoka to Yamanashi)といいます。
累積標高差は4209mで制限時間は26時間。
私が出場したのはこの短いSTYの方です。





正直言って私はこのレースをちょっと甘く見ていました。
本格的な山岳部分は全体の3分の1程度と限られていて、この部分の距離は長いとはいえこの程度は経験があります。時間にも余裕があるし、休息や補給をしっかりすれば完走は出来るはずだ・・・と。
甘かったです。本当に本当に甘かった。

山の大きさ。
本当に大きかった。
暗闇なので先までは見えない。でもぼおっと浮かび上がる森の影がわずかに確認でき、はるか上まで道は続いている事が分かる。
先行するランナーのヘッドライトがみえた。チラチラ動く。遥かに上にそして遠くにある。あんな上まで行かなければならないのか。凹む。
一体どこまで行ったらいいのか。

普段より息が上がる。
5月に入って風邪が長びきほとんど走っていなかったせいだ。
登りの一歩一歩がきつい。力が入らない。
しばらく山に行っていないからだろう。脚の筋力が落ちている。
先日のマラソンの後に痛みが出た右膝がまた痛みだした。
よくこんなコンディションでよく出たものだな。
でも、そんなことは初めから分かっていたんじゃないのか?
しんどいならしんどいなりに一歩一歩進め。
君は少しずつ進むしかない。
そして最後まで行け。

集団で夜に山の中を走る。非日常。恐らく動物としての根源的な行為。
水場を探して移動する群のように。
集団に置いてかれないように、なんとかついていこうとする。本能的に。
しかし身体がついていかない。集団から離れる。
置いてかれた動物は、強い動物に食べられてしまうだろう。
いよいよ脚の痛みは増し、下りでもトボトボとしか歩けなくなった。
「本当だったら、僕は群れからはぐれた弱った個体として今頃食べられているんだろうな・・・」と思った。

有り難いことに食べられることはなかった。人間でよかった。
けれども人間の世界には決まり事がある。ルールがある。
それは例えば「朝の5時までに本栖湖のエイドステーションに到着していなければならない」というルールが。
このルールを満たせない可能性は少しずつ増していき、やがて確実になり、そして確定した。

できることなら本コースをそのまま辿り、本栖湖まで行きたかった。だが脚はそれを許さなかった。あと少しなのだけれど。
エスケープして山道を下る。途中、朝の小鳥のさえずりがやけに頭に響く。とても明瞭に。明晰に頭の芯に届いて頭骨で反響しているような感じ。
もう急いでも関係ないので、しばらく腰を下ろしてゆっくり脚を休めた。
一つ一つの音が染み渡る。そして静か。とても静か。
鳥たちはいつものように朝が来たことに安心して、いつものように歌を唄っているように聞こえた。

リタイアランナーを拾ってくれる場所に行くまでの間、そんな風に静かにゆっくりゆっくり進んでいきました。


***

開催に尽力されていた主催者、西富士中学校の中学生をはじめとするボランティアの皆様、一緒に励まし合ったランナーをはじめとする全てのランナー、そしてなによりも私たちを懐に抱いてくれる偉大な自然に深く御礼申し上げなければなりません。

厳しいけれど素晴らしい経験。ありがとうございました。