今年もどうぞよろしくお願い致します。

2011年は東日本にとって大変な年でありました。
大震災の際のその揺れや津波の被害の惨状、さらに追い打ちをかけるような原発の事故。
スーパーの棚からは品物が消え、放射能に怯えて外出もままならないという、まさに社会的な危機といって差し支えない状況だったかと思います。

私たちの社会基盤である、エネルギー、情報、物流のネットワークの弱さが露呈しました。
なんらかの外部的な要因から、ネットワークの中のポイントが欠けていき、やがてネットワーク全体の物事が上手く回らなくなってしまうことが簡単に起こりうることがわかります。

その反面、1,000年に一度の大地震だったにも関わらず、そこから立ち直るだけの強さもまた併せ持っているのだなという印象もあります。
震災から8ヶ月弱が経過した現在、被災地はまだまだ日常の生活からとかけ離れていて「復興」という2文字からは程遠い状態であるわけですが、関東圏に関しては2,3ヶ月の内に生活もほぼ日常に戻ってきました。日本全体としては震災の直接的なショックからは脱して既に傷が癒える回復期に入っていると言えるでしょう。そもそも、日本は昔から定期的に大きな震災を経験して今にいたっているわけで、今回だって立ち直れないはずはないのです。過去にも同じように全てを失ってそこから立ち直ってきたわけですから、

個人的にこの震災から感じたこと。それは強くあらねばならないということでした。

今回、原発の状況が思わしくなくなり、どこか西のほうに山を越えて避難しなければならない可能性について考えた時もありました。もしそうするとしたら最悪徒歩で移動することになりますが、その時要求されることはまず肉体的な強さでしょう。徒歩で移動することはなかったとしても、もしどこか避難所で生活するとしたら、普段と違うストレスの多い環境でやっていかなければなりません。そのような時に健全な判断力を保しつづけるためにまず必要なことといえば、まず肉体的な強さが問われると思います。
強くあらねばならないのは肉体だけありません。ストレスを感じていたらそれはマイナスになりますから、ストレスを受け流すことができる、自分の感情を制御できる理性の強さも必要です。さらに、情報収集力、判断力、コミュニケーション能力、あらゆる方面に於いて強さが求められます。
普段はシステムに守ってもらえている部分が、震災のような危機的な状況下では自分自身で守らなくてはなりません。日常では必ずしも必要ではない強さが必要になります。今回は私の周りでは幸いそこまでサバイバルな状況にはならずに済みましたが、人間という生き物が生き残るためには強くなくては生き残れない・・・震災はそう教えてくれました。

兎にも角にも、私はこうして新年を迎えることができました。
東京で亡くなった人はほとんどいないとは言え、三陸の惨状をみるにつけ、生き残ったという感覚すらあります。

私は戦後の平和な時代に生まれ、戦争も知りません。大きな災害で周りの人が沢山亡くなるということもありませんでした。
これは、とても有難い事です。ラッキーだったと思います。
そして大多数の日本人には、このように幸せな時代を過ごしてきたと思います。
平和な時代だからこそできることがたくさんあります。素晴らしいことです。

反面、危機が起こったときに適応する力を養う機会が少なかったかも知れません。危機は起こりうるということを前提にそのような場合にどのように対処するか、対処するためにはなにが必要か考えておく必要があると思います。これは危機を恐れば良いということではなく、むしろ逆です。リスクを取らないと何もできなくなってしまいます。危険があるのはこの世の常です。リスクをとりつつも、リスクを包容したシステムやプランを持っていなければならないのです。

震災は特別な出来事でしたが、今後も世界的に混沌とした状況がまだまだ続きそうな気がしています。
生き残るために、取るべきリスクは取り、攻めの気持ちを忘れず、躍動的に生きていきたいと思っております。
2012年はそのような年としたいと思っています。